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2008.02.02 (土)

じぶんのこと。。。




:: 中京区三条御幸町角 1928ビル

じぶんのことは
自分が一番たくさん知っているって本当なんだろうか?

証明写真や集合写真の作られた顔。。。
それは自分の隠したいイヤな部分を
必死に隠している化けの面

でも、友達・仲間・恋人・家族。。。
大好きな人が撮ってくれた写真の
貴方の素敵で自然な笑顔のように

他人にしか分からない貴方の良さの種類も
きっとあると思うのです

時には、「どうぜお世辞」だなんて謙遜せずに
素直に受け入れてみるのも
新しい"じぶん発見"になるかもしれませんね


 
2008.01.14 (月)

勇気 2 (関西初詣)。。。








:: 下京区堀川通花屋町下ル 西本願寺

― 仏の教えを論じる人は多いが 
     その要を教える人は少ない ―

正月早々の、初詣で出逢った言葉。。。

仏教に限らないと思うのだけれど、
人に教え伝え、真にその要を理解してもらうのに必要なことは、
相手の心を震わせることだと思うのです。

僕は仏教の教えにはとても興味があり、常から本を読んでいる。
でも、本の内容の丸覚えだけで、あたかも自分の意見のように言っているだけでは
たんなる「知識」だけ、物知りだけに終わってしまう。
それに、そんな丸暗記の知識だけを論じても人の心は震えない。
要は決して伝わらない。

どうすれば、要を伝えることができるんだろう。。。
まずは単なる「知識」を深く掘り下げ、紐解き、自分で考え、
要を見出そうとする信念を高めることで
「見識」にしなければいけないと思うのです。

でも、それではまだ足りない。
さらには、その「見識」を絶対に実行し、自分のモノにし、
何事にも動じないという強い「胆識」にまで高めなければいけないと思うのです。

自分のモノにし、貫き通すこと。。。

普段の日常では、自己保存と要領主義に走り、
上意や多数に同調しながら、本音を隠して、建前をうまく使うことが、
勝ち組の公式であるかのような風潮の中で、
「胆識」にまで高めることはとても難しい。

だから、その公式を破り、「胆識」を育むには
やっぱり大変な「勇気」が必要なのだと思うのです。


 
2007.09.05 (水)

寂しさ。。。








:: 中京区烏丸通姉小路下ル場之町 「新風館」

人間そのものが寂しいのだと思う

寂しさそのものがなくなって欲しいなんて思わない。
たくさんの寂しさが、今の僕を創ってくれたから。
寂しさがあるから、生きていられる。

これからも、ずっと。。。